2016年11月4日金曜日

幸せ者


「幸せ者」


4年 松田惠夢


 私はみんなの様に文章能力のある感動する文は書けませんが、この文章で少しでも何か感じて頂けたら嬉しいです。

 先月、兄が父親になりました!
私の甥っ子が生まれて来てくれたのです。
感動と感謝と自覚といった感情がありました!嬉しくて待ち受け画面にも設定したぐらいです。

 私は3人兄弟の三男で、兄達とはケンカが多く、いつもボコボコにされて、私は泣いてばっかりでいつか勝ってやると思い続けていました!
その兄が父親になりました。
言葉ではうまく言えませんが、なんだか時間の流れや家族との時間を見返す機会が増えたのです。

いつの間にか私たち兄弟は
支えられる事の多い立場から
支える事の多い立場になったことを実感しました。

そう考えると、兄達はすごい大きくてかっこいい存在だと改めて思います。

兄達に比べて私はまだまだ未熟で頼りない部分が多いですが、少しずつ親を支えていけるようになりたいですね笑

可愛くて仕方ないという
松田の甥っ子


 そして、私をここまで成長させてくれたのは、やはりサッカーが大きいです。
16年間サッカーをしてきて、大学での4年間は数え切れない程の「気付き」を得られることが出来ました。
例えば、最高の仲間がいて、みんなが全力で優勝を目指す環境が当たり前ではないことなど。
普段、当たり前と思っている事程大切にすることです。
サッカーという心から頑張れるスポーツと出会って、私は幸せ者でこの感情になれた事に感謝します!

大学サッカー残り1ヶ月少し!
私は引退すれば、サッカーをやめる事に決めました。
あれだけ大好きなサッカーと離れることは、言葉にならないほどの想いがあります。
その想いを表せるとしたら、支えてくれた方々、OBの方々、後輩達、四年のみんなに一つでも多く、恩返しする事です。
三冠はその一つでもあると思います。
語るのが苦手な私は行動で表現していきたいです。

言いたい事を言っただけの文章ですが、これで終わりたいと思います。

ありがとうございました。

2016年11月1日火曜日

感謝の気持ちを表現。

「感謝の気持ちを表現。」 3年 田邉真之介





私は明治大学体育会サッカー部に入部して3年が経とうとしている。この3年間でチームにとっても自分自身にとっても様々なことがあった。その1つ1つに感謝の気持ちを示さなければいけないと感じている。


チームに目を向けてみるとこの3年間の中で過去の2年間は、総理大臣杯準優勝、2度のリーグ戦2位、インカレ3位など後一歩のところで優勝という二文字を手に入れることはできなかった。

だが今年は総理大臣杯優勝、リーグ戦史上最速優勝と過去の2年間の鬱憤を晴らすかのようにタイトルを手にすることができている。なぜタイトルをすることができたのか。


それはそのピッチに立っていた選手達が素晴らしいプレーをしたのは勿論だが、それを支えてくださっている様々な方々がいたからこその優勝で、この先もタイトルを獲得していくことが今までの明治を築きあげてくださったOBの方々への感謝、恩返しだと感じている。


だが自分自身に目を向けてみるとタイトルを獲得した試合のピッチに一度も立っていない。チームとしては優勝を手に入れているが私は応援という立場で優勝の瞬間に立ち会っている。勿論チームとして誇らしいことではあるが、自分自身に目を向けてみると悔しい気持ちの方が大きい。


この3年間怪我が多く、人生初の手術も経験し納得のいくシーズンを送れていない。だがどんなときも変わらず応援をしてくれ、支えてくれている両親、マネージャー日記で私の近況をいつも確認して応援をしてくれている祖母、どんなときも相談に乗ってくれる地元の友人などその人たちの為にも必ず公式戦のピッチに立ち感謝の気持ちを表現することが少なからずの恩返しだと思っている。




最低3試合。最高6試合。

「最低3試合。最高6試合。」 3年 柴戸海



最低3試合。最高6試合。

これは今年、まだこのチームで戦うことのできる公式戦の数だ。リーグ戦残りあと2節。それに加え、負けたら終わりのインカレ。どちらにせよ、このチームでプレーできるのも残りわずかとなってしまった。
来年になれば、もう二度とこのチームで戦うことは無い。このチームで戦えることがどれだけ幸せなことなのか。そう考えれば、日々の練習や生活をより一層大切にできるのではないだろうか。

2冠が決まった今、"打倒明治"を掲げ、分析し、対策を練って挑んでくるであろう他大学を相手に3冠を取ってこそ、真の強さを証明できたことになるのではないか、と思っている。

話は変わるが、年内に成し遂げたいことがある。
それは、高校の時から5年間お世話になっている小出悠太を漢にすることだ。
彼が後ろにいる安心感で自分は自由にプレーできた。それにより、自分の長所を発揮することができ、成長できたと言っても過言ではない。
だからこそ、最大限の感謝の気持ちを持って、3冠という形で恩返しをしたい。
そして、再来年は彼の待つ、プロのステージで対戦相手として戦いたい。


最後になったが、インカレ優勝の為、チームの為に残りわずかな時間を後悔しないよう過ごしていきたい。


P.S
皆さま、応援よろしくお願いいたします!

感謝

「感謝」 3年 柴田はじめ



三年の柴田はじめです。
あっという間だったこの3年間を振り返りながら、自分なりの「感謝」について書いていきたいと思います。
少し長いですが、最後まで読んで頂けると嬉しいです。

「感謝」の気持ちを1番感じたのは、脚と肩の怪我で長期離脱をした期間でした。

私は2度の入院、手術とリハビリにより、約15ヶ月間サッカーをする事が出来ませんでした。3年間の内、半分はリハビリ生活でした。

入院期間には、母が大阪から足を運んでくれ、何から何までしてくれました。
約3年前の1月に親元を離れ、この明治大学サッカー部寮に入寮して以来、私なりに分かっていたつもりの親の有り難みを改めて痛感した事を今でも覚えています。
親だけではなく、想像以上にたくさんの方がお見舞いに来てくださり、私を励ましてくれました。連絡をくれる方も居ましたし、多くの人が私を気にかけてくれ、私は幸せ者なのだと感じました。

しかし、退院して寮に戻ってからというもの、リハビリは地道なメニューばかり。
サッカーは出来ないので、ピッチの外からみんなを眺める時間が自然と増えました。
術後当初は、考えもまだまだ未熟で、なかなか前向きになれませんでした。

週末に近づけば近づく程、補助学をしながらみんなの試合をする姿を観る機会が増え、サッカーへの気持ちが増す一方でした。
私生活もままならない状況で、あの頃は相当なストレスを抱えていましたし、本当にナイーブだったと思います。

ですが、この期間は無くてはならない時間だったと私は思っています。自分と向き合う時間が本当に増えたため、物事の本質を見ようとする感覚を身につけました。
他にも、食生活の改善、ケア、身体作り、自分は周りにどういう影響を与えられるのか。
あらゆる事に対して考える時間が増え、未熟だった考えも少しずつ変化が出てきました。

先ほど述べた、私を支えてくださった方以外にも、主治医の先生やトレーナーの方の熱心な治療やメニューにより、予定よりも早く復帰する事が出来ました。つい最近の9月に復帰しましたが、あの時の気持ちはこれからも忘れる事はないと思います。

ずっと外から眺めていた景色の中に自分が立っていて、プレーする事が出来る。
嬉しくて嬉しくて仕方ありませんでした。
「はじめ復帰おめでとう」と声をかけてくれる仲間。自分から報告する前に、自ら連絡を入れてくれた方。
「お兄ちゃん無理せんと頑張りや」と言ってくれる弟と妹。
「怪我に気をつけや」といつも私を気にかけてくれるおじいちゃんおばあちゃん。
復帰した事を伝えると、自分の事の様に泣いて喜んでくれる人も居ました。私は本当に幸せ物です。

人は「感謝」をすぐに忘れてしまいます。
特に私は。
私自身、余裕がない時や、上手くいかない事がある時には、自分でコントロールできず家族にひどい言葉を投げつけてしまう事もありました。もちろん家族以外にも。
そういう時は大抵、「感謝」の気持ちを忘れている事に後々気付きます。

それでも私が明治大学で勉学とスポーツの両方に取り組む事が出来ているのは、親の支えがあるからです。私をいつも支えてくれる親には、やはり感謝してもしきれません。
親だけでなく、共に闘う仲間、応援してくれる人の存在が、私の支えになっています。

私が、親や支えてくれる方に出来る1番の恩返しは、サッカーを一生懸命取り組む事です。
もちろんサッカーだけでなく、私生活も見つめ直さなければなりませんが。

地元大阪を離れている為、プレーでの活躍を親や地元のお世話になった方に見てもらう事はなかなか出来ませんが、私生活とピッチの両方で何事にも自分で考えて行動し、一生懸命取り組む事により、選手である以前に人間としての成長が見られます。それは何気ない行動、言動に現れ、自然と人に伝わると思います。そしてサッカーで結果を出す事が出来れば、この上ない喜びだと思います。

何事にも当たり前になってしまうと「感謝」する事を忘れてしまいます。
そして相手に求める事が多くなり、それが満たされないと、自分で気付かないうちに態度や行動に出ます。
当たり前にならないよう毎日を大切にし、私を支えてくれる多くの方への感謝の気持ちを忘れず、これからも成長して行きたいと思います。



2016年10月28日金曜日

生きる


「生きる」


4年 早坂龍之介

こんにちは。
今回部員ブログを担当させていただきます
4年の早坂龍之介です。

私はこの1年間、「生きる」ことについて考えさせられています。
来年から社会へと足を踏み出す立場の中でふとした時に「なぜ生きるのか?」「なんのために生きるのか?」について今まで以上により深く考えるようになりました。
真剣に生きることを考えたときに、今の自分には生きる「目的」が見つかりませんでした。
将来お金をたくさん稼いで遊びたい、家庭を持って幸せに暮らしたい、皆なにかしら思っていることはあると思います。
しかし今の私はそのような目的がなにもないことに気付きました。
あれがしたい、これがしたい、これがほしいといった「欲」がありませんでした。

必ずしもそうだとは思いませんが私は
「目的」「欲」この2つが生きることの原動力になっているのだろうと思いました。
目的があれば欲も出てくるし欲があれば自然と目的もはっきりしてくるはずです。

サッカー面では、この2つは明確になっています。
今年度初めに決めた3冠を目的とし1年間取り組み、2冠を達成し、最後のインカレで優勝するという欲を持っています。

サッカーを通して得た経験を生かすとともに、その経験を人生にプラスに還元できるよう、残り約2か月のなかで自分にとっての「生きる」とはなにかを少しでも見つけていければいいなと思います。


2016年10月25日火曜日

環境、周りの人に感謝


『環境、周りの人に感謝』
1年 中川諒真




私は今自分が置かれている環境に感謝している。この18年間生きてきた中で1番きついといっても過言ではないくらい大変な時間を過ごしている。でも、自分自身が少しずつではあるが、成長していることを感じている。
明治大学サッカー部に入寮して約9ヶ月。あっという間に時間が過ぎていく。1日1日を大切に毎日成長していかないと4年間、何も出来ずに終わってしまうと思う。大学4年間を有意義に過ごすためにも自分次第で大きく変わる。

明治大学サッカー部に入れたのは周りの人のおかげである。浜松開誠館高校の仲間、監督・スタッフ、そして両親のおかげで私はこの環境に身を置くことが出来ている。自分に関わり協力してもらい、支えてくれた人が居るからこの厳しい環境の中でプレー、生活出来ている。感謝してもしきれないくらいだ。
いつも周りの人から支えてもらったり、与えてもらっていることが多い。なのでこの4年間で自分が成長した姿を見せたいと思っている。1日でも早く試合に出て、チームの為に闘える、走れる、勝たせられる選手になって活躍することで周りの人、支えてくれた人に恩返しすることができると思っている。

今の環境は本当に自分が成長出来る環境にある。確かに大変できつい時もある。そんな逆境こそ成長出来る。感謝の気持ち、謙虚さを忘れずにこれからも努力していきたいと思う。

愛媛から来た田舎者


「愛媛から来た田舎者」
1年 曽根晃太



私は愛媛.済美高校から東京.明治大学へと進学しました。

愛媛という田舎から大都会である東京への進学は少し不安がありました。初めて親元を離れ寮生活という今までと違った環境に馴染むことは簡単ではありませんでした。しかし、同じ年に入学した1年生や優しくしてくださる先輩方のおかげで馴染むことが出来ました。

私は16人部屋の一員として毎日楽しく過ごしています。いつも笑顔の絶えない16人部屋で過ごすことが出来てとても幸せ者です。
田舎から来たということもあって、方言でイジられバカにされることもありますが伊予弁をみんなにも知ってほしいと思っています。
例えば「やけん」という言葉です。これは東京でいう「だから」とほぼ同じ意味なのでぜひ使ってみてください。

ピッチ外ではとても優しく面白い先輩たちですが、ピッチ内では本当にたくましい存在です。創部以来初めての総理大臣杯優勝、関東リーグ戦史上最速優勝という素晴らしい成績を歴史に刻んだ先輩たちからたくさんのことを学び生かし少しでも早く私もこのチームに貢献したいです。このような素晴らしい環境でサッカーが出来ることは愛媛から応援してくれている家族のおかげです。感謝の気持ちを忘れず田舎者でもこんだけやれるっていうところを見せれるように頑張ります。